■モノガタリズムであるということ
最近、モノを語れる人が少なくなった
熱く語る!っていうのじゃなくて
ただ、伝授する、そこにストーリーを埋め込むということ。
人は物語が好きだ。
物語は後世に伝わるし、人の口をつたって次に行くが、モノは壊れたら終わりだ。
伝わるのは物語だけ。
歴史を漫画本で読んだほうが流れが理解できるのも、けったいな教科書を読むよりはイメージとして、人が生きてきた物語として歴史を認識できるから。
物語とは、そうやって流れていくものだ。
最近のウェブや企業、サービスには物語がない。
物語の前提となるのは熱い気持ちだ。
もしくは、愛だ
ポストイットの物語も今は製品が普通に歩いているが、最初に出てきたのは物語だ。
物語を創るには
どんな人が、どんなところでどういう風に使ったか、編み出したかを語ればよい。
一人一人が物語り生産隊で
実は、どの企業のどのサービスにも物語があるのに、なぜか周りとの格好付けの部分だけが先行してしまい
広告やサービスを通して人の温かみがない。
確かにかっこいいものを作るのは簡単だ。
そういうものが受け入れられる時代もあるだろう
しかし、今はすでにそうではない
これからは物語作りが重要になる。
物語に気付く力が、企業力になるだろう。
そして、その物語に消費者を関わらせた瞬間に
最高の強い企業になるだろう。
参照:「物語を売れ」
機能面だけの充実ではユーザビリティとはいえません。
(2003年4月8日)
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