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コラム

■カカワリズム その3

カカワリズムには2つの要素があるということが最近わかった。

1)思わず参加してしまいたくなる「カカワリ」
えこひいきに近いものがある。
例えば、熱烈ジャイアンツファンの人がいるとしよう。
親族が阪神に入団したとしよう。

そこで発生するカカワリ。
例えば私は学生時代、某通販会社でバイトをしていた。
辞めてしまって5年以上たつが、やはりその通販会社の肩を持ちたくなる。

お酒に然り、全てのものに然り、
例えばその人について知ってしまった瞬間に、かかわりを持ってしまい、思わずそこをなんの言われもないのに
薦めてしまう
緩やかなファンになっている。
そこのファンになったからといって特典はないが、なんとなく、自分が関わったところとして粘着質なのだ。

2)自分を投影する「カカワリ」、自分+αな「カカワリ」
雑誌を見てそのままインテリアを買いに行くということはないだろうか
同じものをたくさんそろえて、なんとなく、その部屋を作れると思う。

Sonyや無印を上手だな、と思ったのは
当時こぞってみなインテリアがSonyや無印だったのを見てから。
全体的なSonyカラーや無印カラーが全ての商品に浸透していて、それだけでかっこいい生活が待っているような、すぐに想定できるような、そして、その場に自分がいることが似合うような気がしてくる。

雑誌を見て、広告を見て思わず買ってしまうのは、広告や雑誌に自分を投影しているからだ。「そうなのわかるわかるー」という強い共感ではなくて、自分がそこにいるようなことが心のどこかで想定できる、そんな感じ。
例えばお人形さんのようにきれいな女優より、すこし崩れていても人間味がある女優が人気があるのは、自分がその人くらいまでは、想像できるから。


雑誌に載った服は、雑誌の掲載日に売り切れるという。
ここで「雑誌に載ったものしか選べないのか」と斜から見ないで頂きたい。
雑誌に載ったものを選ぶということは、自分が似合うと思っていることだ。
自分が着ていることを
想像できる、それがカカワリズム。

いろんなサイトを生徒さんが見ている。
トップページにあまりにも若い子が来ると、驚くくらい拒否反応を示される。
それは「嫌い」じゃなくて「かかわりのホックがないから、見るのが無駄である」と感じているからだ。
ちなみに、さらに近すぎると、自分より+αではないので、なんとなく敬遠してしまう。とても難しいが、近すぎず、遠すぎずのスープの冷めない関係がうれしい。

かかわりを持たせるのは、好きな人と会話するのと一緒。
「私映画好きなんだ」
と相手が言ったら
「ふーん、僕はテニスが好き」と回答するんじゃなくて
「へー、最近どんな映画を見に行った?」とキャッチボールをする。

ウェブでどうコミュニケーションしていくかについて考えることは現在の私の課題である。

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4月 15, 2005 in 5.その他 | | トラックバック

■カカワリズム その2

カカワリは参加ではない。
うそ臭い参加の要請もいけない
相手にへりくだってもいけない。

カカワリズムにおいては立場は対等であって、かつ、緩やかな結合でなくてはいけない。
緩やかな結合。何度も使うこの言葉。

カカワリ参加、同じ様にみえて違う。

カカワリというのは好き・嫌い関係なく、緩やかに関わっているのだ。
例えばとなりのみーちゃんが、突然モーニング娘。に抜擢されたら、それはカカワリズムなのだ。好き・嫌いにかかわり無く。

参加と言うのは熱い気持ちだ。
読者参加は一種のカカワリズムであるけど、オペレーションを間違うと悲惨な事になる。「嫌いになってしまう」
1か0しかない。緩やかでないから、離れる時はサヨウナラ。

ただし、参加してもらった時は強烈なカカワリが生ずる。
「これは、私である。」
「これは、私が関わった商品である。」
しかし、強烈な思いがあれば、覚める時もある

以前Dという読者参加型サービスを利用してイロイロ意見をしていた。
しかし、或る日、来るメールに商業的な匂いを感じた。
そうすると、カカワリは外れる。
「うるさい」と、思ってしまう。
すでに、それは、私のものじゃない、カカワリのホックが消えた瞬間に
それはカカワリズムが消滅してしまう。

カカワリ。

友人の勤めている企業は巨大なコミュニティーサイトだ。
読者が会社の経営方針、中のサービスにも勝手に「関わってくる」

「関わってください」でうまれるカカワリズムは無い。
それは酸素と水素みたいに緩やかに集ってしまって結合してしまう
そういうふつー、がカカワリズム。

だから、あくまでも主導は企業
もし、企業にかかわりをもって欲しいと思うなら。
そして、それをゆるく行う

何故か。

ユーザーは責任を持つのは嫌いだから
カカワリが重荷になってはカカワリズムではない

パソカレッジは強烈なカカワリズムだ。
生徒さんから「家族みたい」とか「帰ってこれる場所」となる。
うちが家族として素敵なのは、ゆるい結合だから。

「先払いでん十ヶ月分払ってきなさい」きつい縛りではないから。
家族で門限があると、人は一人暮らしをしたくなる。
緩やかな結合は、緩やかな、しばりだ。

ユーザーは強くない。
企業の手の中でゆるく結合しているだけだ
だから、メーカーはユーザーに全てをまるなげしてはいけない。
ゆるく結合と言うのは、お互いのゆるい電子の振動なのだ。

そしてかかわりはモノガタリの道へと続く。

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4月 15, 2005 in 5.その他 | | トラックバック

■カカワリズム

関わりIZM。関わり主義。
パソカレッジは、「カカワリズム」を提唱したい。
全てのものは、今後、カカワリズムがキーワードになる。


▼カカワリズムとは?

例えば、素敵な女性がいる。
ドラマに出てくるようなモデルのような完璧な人。
彼女を美しいと思い、彼女を見ていると幸せになったとしても、彼女を見ているだけでは、完璧すぎて関われない。
だから、「美人である。」で終わってしまう

キレーダナと思っても、それ以上進まない。
そこで、彼女と食事に行く。
何らかの時に彼女が弱みを見せる。
それが、かかわりの瞬間だ。

「弱みを見た→完璧が崩れた→引っ掛かりができた→カカワリズム発生。」
まだまだ説明が下手なようだ。
ドンドン説明しよう。

私は学生時代、通販会社のS社でバイトをしていた。
入れ替わりの激しい職場だったので、半年も居たら古株になってしまう所だったが、結局卒業しても通販だったらS社を買うし、3社並べられたら無意識にS社のカタログを手にとっている。

関わった。
かかわり方は正直に言うと何でもいいのだ。
いやなやつでもいいやつでも
何の印象に残らないよりも
何でもいいから、生活に関わる。

それを意識的にする行動を「カカワリズム」と、われわれは呼んでいる。
全てはカカワリズムで解決できる。
カカワリズムを活用すれば確実に口コミが増える

広告費を掛けないで人が広告媒体になってくれる。
カカワリズムを活用しないと
それは大変な事になってしまう。
広告費は掛かる。だって、カッコイイ物を作るから
しかし、誰にも伝わらない。
だから広告費が更に掛かる。

誰も口コミで伝えてくれない。なぜならばそこに関わるホックが無いから。

酸素原子と水素原子を考えて欲しい。
酸素の電子は外側に6個 水素は1個。
だから、お互い足りないから関われる。
それはゆるい結合である。

もし、あなたの会社がアルゴンやヘリウムだったら
誰もかかわらない。

完璧ではだれも関わってくれない。

関わらせる事、それが愛してもらえる事の条件だ。
広告が提案型広告になったと言われているが、それがどういうことかというと、商品と生活を関わらせるという事なのだ。
それがカカワリズム
カカワリズムの企業や商品はこれから緩やかに人と結合して行くだろう。
変な話、戦争が自分の生活と関わらないから対岸の火事。

もしこれで戦争が身近であればそれは皆がもっと真剣に議論しあう。
全てはかカカワリズムなのだ。

次回はカカワリズムから見たウェブの制作方法を伝授。

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4月 15, 2005 in 5.その他 | | トラックバック

■モノガタリズムであるということ

最近、モノを語れる人が少なくなった
熱く語る!っていうのじゃなくて
ただ、伝授する、そこにストーリーを埋め込むということ。

人は物語が好きだ。
物語は後世に伝わるし、人の口をつたって次に行くが、モノは壊れたら終わりだ。
伝わるのは物語だけ

歴史を漫画本で読んだほうが流れが理解できるのも、けったいな教科書を読むよりはイメージとして、人が生きてきた物語として歴史を認識できるから。

物語とは、そうやって流れていくものだ。

 

最近のウェブや企業、サービスには物語がない。


物語の前提となるのは熱い気持ちだ。
もしくは、愛だ


ポストイットの物語も今は製品が普通に歩いているが、最初に出てきたのは物語だ。

物語を創るには
どんな人が、どんなところでどういう風に使ったか、編み出したかを語ればよい。

一人一人が物語り生産隊で
実は、どの企業のどのサービスにも物語があるのに、なぜか周りとの格好付けの部分だけが先行してしまい
広告やサービスを通して人の温かみがない。

確かにかっこいいものを作るのは簡単だ。
そういうものが受け入れられる時代もあるだろう

しかし、今はすでにそうではない

これからは物語作りが重要になる。

物語に気付く力が、企業力になるだろう。
そして、その物語に消費者を関わらせた瞬間
最高の強い企業になるだろう。

参照「物語を売れ」

機能面だけの充実ではユーザビリティとはいえません。

(2003年4月8日)

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